だれもが いつでも どこでも いつまでも
スポーツに親しむことのできる
スポーツ都市東京の実現を目指して
ー公益社団法人東京都障害者スポーツ協会ー


公益社団法人東京都障害者スポーツ協会では、  
都内2カ所の障害者スポーツセンターを運営し、
障害のある方が気軽にスポーツを始められる     
『スポーツの入口』を提供しています。           

東京都の障害者数   69万7357人(※1)

東京都障害者スポーツセンターの
H30年度年間利用者数(延べ)  16万7959人

H30年度末時点の利用登録者数(※2)  6万7767人
(※1 2019年3月東京都福祉保健局障害者の手帳交付状況)
(※2 都外利用者含む)

障害者スポーツを『する』立場から『支える』立場へ
そのきっかけは?

高校の終わりに発病して、大学の2年間を長期入院して過ごしました。
強直性脊椎炎。脊椎の関節を構成する骨と骨がくっついて動かなくなる難病です。
中学までは野球や陸上をやっていましたが、
発病してからはスポーツから遠ざかってしまい、、、
仕事が落ち着いた55歳くらいから障害者スポーツセンターを利用し始めました。

スポーツセンターでは日々、様々な利用者向けの教室が開催されていてハンドサッカー、車いすバスケ、トランポリン教室などなど、色々な障害のある利用者と交流ができて楽しい日常を過ごしています。

教室でお世話になっている指導員やボランティアを見て、いち利用者として参加するだけでなく、教室を手伝いたいと思い、障がい者スポーツ指導員の資格を取得しました。
スポーツには人と出会える、喜びを分かち合える、素敵な魅力があります。
それを障害のある子供たちを始め、多くの人に知ってもらいたいです。

2歳で闘病、左足切断。体育が嫌いだった少女は、
なぜ日本代表としてインドネシアの大歓声の中を泳ぐことができたのか。

2歳のとき、病気が発症しました。病名は顆粒球肉腫。
3歳になる直前に左膝から下を切断しました。
義足を見られるから、体育はキライでした。

転機は、7歳のときに両親と行った、
          障害者スポーツセンター

そこではみんなが義足や車椅子で汗を流していて
「ここでは気にしないでいいんだ!」と感じたのを覚えています。

中学入学前から水泳をはじめて、最初は、練習はすごくきつくて、つらくて、ついていけませんでした。でも一度決めたら変えない性格だし、きつい練習が終わった時の達成感にやみつきで、やめるって選択肢はなかったです。

練習して泳げるようになってきたら、
障害者スポーツセンターの水泳大会東京都障害者スポーツ大会に出場したりして、今では健常者と同じ大会に出場したりもするし、ゴールから電光掲示板を振り返る瞬間が、最高に好き。

義足であるという私に、自信が持ててきた気がします。

現実的に見て、私の実力だとパラリンピック出場は高い目標。でもあと1年、全力で努力していきます。水泳が好きでやっているから、ずっと続けて、より高い景色を見られるように。悔いが残らないように。


都内の障害者スポーツを盛り上げるため、他にも様々な振興事業を展開しています。

地域における
障害者スポーツの振興
障害のある人が身近な地域で継続してスポーツを楽しめるよう、区市町村等と連携したスポーツ実施に向けた環境づくり、障害者スポーツを支える人材の養成等を行っています。
障害者スポーツの
理解促進・普及啓発
障害のある人に対するスポーツの普及・振興、障害のない人に対する障害者スポーツの理解促進のための事業を行っています。

障害者スポーツ選手の
競技力向上・競技団体支援
障害者スポーツ選手の競技力向上、競技団体の組織力強化を図るための取組を行っています。

障害者スポーツ大会の開催

様々な障害のある人たちが参加できる各種大会を開催しています。また、全国規模の大会にも選手団を派遣しています。

障害者スポーツ大会の開催

様々な障害のある人たちが参加できる各種大会を開催しています。また、全国規模の大会にも選手団を派遣しています。